なぜキリスト教では「金持ち=悪いやつら」なのか

キリスト教ではよく言われている「お金持ち=悪いやつら」みたいな考え方があり、影響されてか同課は知らないが、日本人の多くもそういう思想が存在している。

 

新約聖書(キリスト教の聖書)にも、、

「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい」

   【(マタイによる福音書)第19章24節】

 

もちろん、「広まりやすさ」と言う宣教師的なザビエルのような視点に立って考察すると、

こういう考え方の方が、庶民(数が多い+貧しい人も多い)に広まりやすいから。

と言う結論で片づけることもできるが、今回は、経済面から見た話をしたいと思う。

 

前に、経済を語った時に、富全体を一つのお好み焼きとして考えてみたときがあった。

詳しくはこちら↓↓

 

その記事もある通り、キリストが死んでから約1500年後にコロンブスが新大陸を発見し、金持ちのおっさんたちが「あれ?余ってるお金って投資で増えるじゃん」と言うことも、世界中でだんだんと知れ渡っていく。

 

よって、世界全体の富は増えると信じることによって、資本主義社会が成り立つわけだが、これが知れ渡る前の世界では、富はそう簡単に増えたり減ったりしなかった。

 

だから、誰かが多くとりすぎると誰かの富が少なくなってしまう。と言うことが当時では起こったのだ。

 

そんなこんなで、キリスト教では、

 

「お金持ち=悪いやつ」とする。

  ↓

みんながお金に対して執着しなくなる。

  ↓

市民に平等性が保たれる。

  ↓

平和になる。

 

という流れを作ったのだ。(経済的に見た考察)

 

ちなみに今の資本主義社会では、この社会全体のお好み焼きの総量は増え続けている。

だから、誰かが多くとりすぎても、全体が増えるので絶対量が減ることはないような仕組みなのだ。(ここが資本主義のすごいところだ。)

 

しかし、格差と言う相対的な量は「差」が増えるので、最近になってトマ・ピケティーがそれを危惧しているというわけだがそれはまた今度に、、、

 

 

 

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